桜の森の・・・
〜桜の森の満開の下 今年こそはと思うんだ〜
作 申千流 驂
<登場人物>
福田 ますお
竹下 恵子
磯野 勝男
華山院 蘭子
勅使河原
母
女1
女2
女3
女4
女5
男(山田孝夫)
女
牛田
一幕一場
男と女が立っている。
- 男 桜の森の満開の下。
- 女 桜の森の満開の下?
- 男 今年こそはと思うんだ。
- 女 何を?
- 男 今年こそは、
- 女 今年こそは?
- 男 ひとつ
- 女 ひとつ?
- 男 結婚してやろうって。
- 女 結婚してやろうって?
- 男 今年こそは
- 女 今年こそは?
- 男 今度こそは
- 女 今度こそは?
- 男 って、いつもいつも思うんだ。けれども、
- 女 けれども?
- 男 いつもいつも逃げ出してしまう。
- 女 花の下では
- 男 風がないのにゴウゴウ風がなっているような気がするし、
- 女 そのくせ風がちっともなく、
- 男 ひとつも物音がありません。
- 女 花びらがぽそぽそちるように、
- 男 魂が散って、命がだんだん衰えていくように思われます。
- 女 桜の樹の下には、死体が埋まっている。これは、本当のことなんだよ。
- 男 じゃあ、
- 女 じゃあ?
- 男 桜の樹の上には?
- 女 おじいさんが花を咲かせている。
- 男 じゃあ、
- 女 じゃあ?
- 男 その真ん中は?
- 女 盗賊があぐらをかいて座っているよ。
- 男 そこへ行かなくちゃ、
- 女 そこ?
- 男 その真ん中へ。
- 女 約束した誰かがいるのかい?
- 男 それはいないけれども。
- 女 けれども?
- 男 花嫁の横に立つと、いつもいつも
- 女 いつもいつも?
- 男 桜の森の満開の下に座っているような気持ちになる。
- 女 それは美しいのかい?
- 男 美しいよ、けれども、
- 女 けれども?
- 男 恐ろしい。
- 女 恐ろしい?
- 男 果てしなく続く桜の下で、何かを見てしまったような気がする。
- 女 何かってなんだい?
- 男 見てはいけないはずのもの。
- 女 それは
- 男 パンドラの箱、鶴の機織り、浦島太郎の玉手箱。そのどれにも似ているようで、そのどれにも似ていないもの。
- 女 それは何?
- 男 わからない。本当は、
- 女 本当は?
- 男 何も見ていなかったのかも知れない。
- 女 何も見ていなかったのかい?
- 男 忘れてしまったのかも知れない。
- 女 忘れてしまったのかい?
- 男 何を?
- 女 男と女の
- 男 男と女の?
- 女 約束事を。
- 男 約束?
男、振り返ると女はもういない。
ウエディングドレス姿の女現れ、男の横に立つ。
男がベールを上げるとそこには、鬼の顔。
逃げ出す男。
花嫁の母が駆け込んで来て花嫁に何やら話す。
花嫁=恵子
- 恵子 いないってどういうことなのよ。
- 母 だから、ますおさんがいないんだよ。
- 恵子 良く探したの?
- 母 控え室には確かにきてたらしいんだよ。
- 恵子 トイレにでも行ってるんじゃないの?
- 母 父さんが探したけどいなかったって。
- 恵子 じゃあ、タバコでも買いに行ったんじゃないの?騒ぐことないわよ。
- 母 これ(トイレットペーパーを差し出す)
- 恵子 『恵子ちゃん、ごめんなさい。僕は今、愛の不在について考えています・・・』何よ、これ。
- 母 控え室に落ちてたって。
- 恵子 落ちてたって、どう言うことなのよ。
- 母 もしかして、
- 恵子 何よ
- 母 逃げられたんじゃないのかい?
- 恵子 何よ、逃げられたってどう言うことよ。
- 母 だから、急に嫌になって、
- 恵子 何でよ、何で嫌にならなくちゃいけないのよ、結婚式の当日よ、美人の嫁がもらえるのよ。
- 母 お前の性格が災いしたんじゃないのかい?
- 恵子 私の性格の何が不満なのよ、私優しくしたわよ、お金だって貸してあげたし。
- 母 お金貸してたのかい?
- 恵子 ほんの少しよ。
- 母 もしかして、結婚詐欺かも。警察に電話してみようよ。
- 恵子 やめてよ!
- 母 お母さん、おかしいと思ってたんだよ。ご両親が早くに亡くなったって言うのは分かるとしても、お友達も会社の人も式に呼ばないなんて。
- 恵子 だって、作家の卵で会社の同僚もいないし、内気な性格だから友達もいないんだって言われたら、そうかなって思うじゃない。
- 母 あんたが怒るから言わなかったけど普通思わないわよ。
- 恵子 恋は盲目って言うでしょう。
- 母 ねっ、警察に電話して、
- 恵子 私は嫌だからね、そんな恥ずかしいこと。
- 母 でもねえ…
- 恵子 ますおさんがいないのなら、代役を探すまでだわ。
- 母 そんなこと言ったって、
- 恵子 友達みんな呼んだのよ、会社の人だって、親戚だって、先生だって。結婚詐欺師に引っかかったなんてバレたら一生笑い者だわ。私のプライドは粉々だわ、微塵子よりも粉々になっちゃうわよ。もう立ち直れないかも知れないわ。廃人よ、パンチドランカーよ、明日のジョーになって真っ白に燃え尽きたりしちゃうわよ。
- 母 じゃあどうしたらいいんだい。
- 恵子 父さんは?
- 母 控え室で寝こんでるよ。
- 恵子 手分けして代役探すのよ。他の誰にも知られちゃダメよ!
恵子、モーレツな勢いで駆けて行く、後に続く母。
一幕二場
華山院蘭子(イライザ)、勅使河原(ヒギンズ教授)
- 勅使河原 イライザ、まずは母音の発音からだ。『あいうえお』と言ってみたまえ。
- 蘭子 あ、え、う、い、お
- 勅使河原 『あいうえお』も言えないのか、相当重症だな。
- 蘭子 そんなこと言ったってーヒギンズ教授、あたしこれでも村じゃ標準語話せるってぇー言葉キレイだねって、有名だったんです。(見事な尻上がりの栃木弁)
- 勅使河原 イライザ、君のは見事な栃木弁だよ。栃木県出身の有名人は?
- 蘭子 いがわすぐる(江川卓)にガッツえしまづ(ガッツ石松)
- 勅使河原 江川卓にガッツ石松だろう?
- 蘭子 あたしーそう言いました。
- 勅使河原 出来てないよ、今日中に『い』と『え』の発音が区別できるようにしておけ!出来たらチョコレートをやるぞ。それから『ごじゃっぺ』とか『でほらぐ』とか訳の分からん方言は使うな。
- 蘭子 『ごじゃっぺ』は標準語でしょう。
- 勅使河原 ちがーう!(あまり怒鳴り過ぎてクラクラしてしまう)
- 蘭子 だいじ?
- 勅使河原 何が大切なんだ
- 蘭子 そうじゃなくて、だいじけ?
- 勅使河原 ああ、『大丈夫?』ってことか。
- 蘭子 だいじ、は標準語でしょう?
- 勅使河原 違う、何度言ったら分かるんだ。私が、
- 蘭子 (急に)勅使河原
- 勅使河原 はい
- 蘭子 飽きました。
- 勅使河原 蘭子お嬢様
- 蘭子 栃木弁版『マイ フェア レディ』ごっこももう飽きました。もっと楽しい遊びは無いのですか?
- 勅使河原 そうおっしゃられましても、この栃木弁版『マイ フェア レディ』ごっこを開発致しますのにも専門のプロジェクトチームを使って3カ月かかっております。新しい遊びの完成には後しばらくお時間をいただきませんと。
- 蘭子 私、前々から一度してみたいことがありました。
- 勅使河原 華山院蘭子様に叶わぬ望みは、この世にはございません。何なりとこの勅使河原にお申し付けください。
- 蘭子 『この泥棒猫!』
- 勅使河原 はっ?
- 蘭子 この泥棒猫!と言うのをやってみたいのです。
- 勅使河原 それは、どの様に致すものなのでしょうか?
- 蘭子 私が、ある男性と恋仲になります。
- 勅使河原 はい
- 蘭子 しかし、その男性にはすでに女がいて私と婚約者の男性が恋仲になったことに気付きます。そこで、
- 勅使河原 そこで?
- 蘭子 逆上した女が、私に『この泥棒猫!』の一言を浴びせるのです。
- 勅使河原 それは、いささか難しゅうございますね。
- 蘭子 私に出来ない事などないと言ったではありませんか。
- 勅使河原 まず、恋仲の女がいる男性と蘭子様が恋仲になりませんことには。
- 蘭子 分かりました。勅使河原、
- 勅使河原 はい。
- 蘭子 町に出ます。
- 勅使河原 はっ
蘭子、出て行く。後に続く勅使河原。
一幕三場
恵子、走り出て来る。反対側をボーイが通りかかる。
- 恵子 そこのボーイちょっと待った!
- ボーイ はっ?私ですか?
- 恵子 あんた名前は?
- ボーイ 磯野です。
- 恵子 下の名前は?
- ボーイ 勝男です。磯野勝男。
- 恵子 あんたお父さんは、波平って言うんじゃないでしょうね。
- ボーイ どうして分かったんですか?姉は、サザエです。
- 恵子 妹は、ワカメでカモメ第三小学校に通っていたでしょう?
- ボーイ 凄いな、どうして分かっちゃったのかな。
- 恵子 大人になれたのね。
- ボーイ はっ?
- 恵子 いえ、こっちのこと。そんなことはどうでもいいわ。今からあんたは、福田ますおよ、いい?
恵子、ケーキカット用のナイフを突きつける。
- 磯野 いい、とおっしゃられましても、名前を変えるなら役所に届けを出しませんと、それに親にも承諾を得ませんことには『お前、私のつけてやった名前どうしたんだ、気に入らなかったのか?』とかなんとか言われて家庭不和の原因にもなりますし、
- 恵子 このホテルのモットーは?
- 磯野 (ほとんど反射的に)お客様第一、安心の心配り、立つ鳥跡を濁さず。
- 恵子 王様の耳は?
- 磯野 ロバの耳!
- 恵子 花婿が逃げたのよ。
- 磯野 はっ?
- 恵子 花婿が逃げたのよ。これを聞いたからにはもう逃げられないわよ。
- 磯野 私、仕事がありますんで、失礼します。
- 恵子 花嫁が、恥を忍んでこんな秘密打ち明けたのよ。
- 磯野 結婚詐欺じゃないですか、警察に届けた方がいいですよ。
- 恵子 そんな恥ずかしいこと出来ると思う?
- 磯野 じゃあこうしましょう、私は小学校の修学旅行の時おねしょしました。
- 恵子 何よそれ
- 磯野 私の秘密も打ち明けました、15年間誰にも言ったことなかったんですよ。
- 恵子 だから?
- 磯野 これで五分五分です、フィフティフィフティです。勘弁してください。
- 恵子 これは、修学旅行の秘密の打ち明けごっことは秘密の格が違うのよ。
- 磯野 あれって次の日にはクラス中に広がっているんですよね。僕は、相田良子さんが好きだったんですけど、あなたは誰が好きでした?
- 恵子 そんなことどうでもいいでしょう!
- 磯野 じゃあ、中学校に入ってからも一度だけおねしょしたことがあります。
- 恵子 それがどうしたのよ。
- 磯野 とっておきの秘密です。
- 恵子 だから、そんなことどうでもいいのよ。
- 磯野 どうしてどうでもいいんですか?私なんかこのことを思うと夜も眠れないことだってあったんですよ。これで対等になったでしょう。私、誰にも言いませんから、あなたも私の秘密誰にも言っちゃイヤですよ。じゃ、そゆことで。
- 恵子 ちょっと待った!
再びナイフを突きつける。
- 磯野 あっ、切れてる、切れてる、
- 恵子 一緒に来て貰うわよ。
恵子、引きずるようにして、磯野を連れて行く。
一幕四場
舞台中央、タキシード姿の男が一人腰掛けている。
- 男 ものは、よく考えます。とても良く考えます。本当に深く考えるんです。なのに考えた末の答えが、いつも安易なので、本当にいつもいつも嫌になるくらい安易なので、何も考えていないのと同じになってしまうんです。バカ丸出しです。けれど考えて見ればそう言い切ってしまうと安易な答えを出すまでにかかった僕の膨大な思考と時間とが、あまりにも不憫なので、僕だけは君の事を分かっているよ、と、僕に対して優しい労わりを見せてしまうのです。そうすると今度は自分に対してこんなに優しく出来る自分をなんて良い人なんだろう、と思い始め、さらに、そんな自分をすかさず傲慢だと反省し、その次の瞬間には、そんな自己批判も出来る奥ゆかしい心を持っていることを少し誇らしいと思い、なんだかんだ言って結局はそんな思考に辿り着いてしまう自分を少し図々しいと感じてしまいます。すると、そう言う自分に厳しい所が愛おしくもあり、夜中に一人鏡に向かい自分を抱きしめながらこのまま水仙の花になっても構わないと、
- 牛田 構わないと思ったんですか?
- 男 思いました。
- 牛田 どうなってもいいと。
- 男 思いました。
- 牛田 そんな夏休み中の女子高生じゃあるまいし。年頃の娘がね、夜遅く『あっ、ママー』って電話かけて来たら気を付けて下さいよ。
- 福田 はっ?
- 牛田 『あっ、ママー今日遅くなるから、由美子んち泊まるね。大丈夫だってば、じゃあね』って言う時の、この、『あっ』が曲者なんですよ。
- 福田 はあ、
- 牛田 電話に出るのはママだって分かってるのに心にやましいことがあるから思わず『あっ』って言っちゃうんですよ。これが電話に出たのが牛だったりしたら『あっ、牛!』って言っちゃっても不自然じゃ無いでしょう?
- 福田 あの、それが何か私と関係あるんですか?
- 牛田 ありません。全くありませんね。
- 福田 それじゃ、
- 牛田 あれ?あなたどこかで会いませんでした?
- 福田 いいえ
- 牛田 前科ありません?
- 福田 ありません。あの、
- 牛田 はい?
- 福田 その格好は?
- 牛田 気になります?
- 福田 はい
- 牛田 衣装なんです。
- 福田 衣装?
- 牛田 これ着るとね、気が引き締まるんですよ、やるぞ!って気になるんです。
- 福田 はあ、
- 牛田 私ね、実は…○○○人にxxxxxx食べさせちゃったことがあるんです。
- 福田 えっ、
- 牛田 あっ、分かんなきゃいいんですけどね。
- 福田 はあ、
- 牛田 昔、ある結婚詐欺師が逮捕された時に『どうやってそんなに沢山の女の人を騙したのか』って質問したんですよ。男は、その質問にこう答えました。『相手を花に例えるんです、花に例えればどんな女の人でも簡単に騙されました』って。
- 福田 それが、どうかしたんですか?
- 牛田 憧れませんか?
- 福田 結婚詐欺師にですか?
- 牛田 男の生きがいを感じるでしょう?
- 福田 いえ、別に
- 牛田 好きでもない女を花に例えて褒めちぎってお金を貰う。それは、立派な仕事ですよ、ビジネスです。正当な報酬だと思うんです。花に例えられたぐらいでお金出すような人達なんだから、よっぽどそう言うことに縁遠かったんだと思うんですよ。そう言う人達がやっと掴んだ幸せを警察やらマスコミやらが妬んで寄ってたかって彼を犯罪者にしてしまっただけで、
- 福田 妬んだ?
- 牛田 うまい商売に目をつけやがってって
- 福田 ああ
- 牛田 世の中にはいたと思いますよ
- 福田 何がですか?
- 牛田 だから、お金を払ってでも花に例えてもらいたかった女の人が、
- 福田 いたでしょうね
- 牛田 いつの時代も人を陥れるのは嫉妬なんですね。
- 福田 はあ
- 牛田 惜しい男が逮捕されたもんです。
- 福田 だからそれがどうしたんですか?
- 牛田 だから私は、あなたの理解者なんですよ、と言うことを遠回しに言ってるんじゃ無いですか。
- 福田 私の理解者?
- 牛田 そう
- 福田 だから?
- 牛田 だから、大人しくゲロしちゃいなさいと、この『落としの牛やん』と言われた、警視庁きっての敏腕アーンド美貌のこの牛田が申してる訳ですよ。
- 福田 落としの牛やん?
- 牛田 そう。私がなんで犯人の口を割らせると思いますか?
- 福田 さあ
- 牛田 愛ですよ。人を愛さずして人は裁け無い。私のヒューマニズムが、犯人の心に雪解けをもたらすんです。それは、そう、まるで春を告げる雪割草のように。
- 福田 あなたのおっしゃりたいことは、良く分かりません。こんな所に連れて来たりして、私がいったい何をしたって言うんですか。
- 牛田 おうおうおう!大人しく聞いてりゃ良い気になりやがって!おめえが近頃このお江戸を騒がしてる結婚詐欺師だってことは、こちとらとっくに調べはついてるんでぃ観念して大人しくお縄を頂戴しやがれ!
- 福田 結婚詐欺師?私が?
- 牛田 そうよ!
- 福田 冗談でしょう。
- 牛田 まだ口を割らねえか。おう、八、石抱かせろ!
- 牛田 これで言う気になったか!
- 福田 ヒューマニズムは、どこ行ったんですか!
- 牛田 愛のムチだ!
- 福田 グォー卑怯な、体を責めて何故心を責めぬー
- 牛田 いったい何人の女を騙した。
- 福田 騙しただなんて言いがかりです。私達、愛し合っていたんですから。
- 牛田 あくまでも、シラ切る気だな、山田君座布団持って来て。
- 福田 グォーすみません、私がやりましたー
- 牛田 よし、それで良い。動機は?
- 福田 しません。
- 牛田 なんだ、しませんって言うのは?
- 福田 だから、動悸も息切れもしません。
- 牛田 お前は、木久蔵か!あんまり下らないから山田君座布団もう一枚。
- 牛田 圓楽が司会になる前の笑点は、確かに面白かったんだよ。圓楽の説教臭さが笑点をダメにしたんだ。クソー松崎真を返せー!
- 福田 話します、何でも話しますから。
- 牛田 それで良いんだよ。人間素直が一番だな。
- 福田 私がこうなってしまったのには、実は生い立ちに理由があるんです。それは、雪の降る寒い朝のことでした。
- 恵子 観念して大人しくお縄を頂戴しな。お上にもお慈悲はあらぁ。
- 磯野 親分!ってそうじゃないでしょう。
- 恵子 逃げようったって無駄よ、下を良く見てご覧なさい。
- 磯野 撒菱(まきびし)・・・
- 恵子 どうしても逃げるって言うなら、トウシューズにガラス入れたりテニスラケット隠したりありとあらゆる嫌がらせするわよ。
- 磯野 少女マンガじゃないんだから。実は私…
- 恵子 何よ。
- 磯野 生き別れの双子の弟がいるんです。弟は、双子は不吉だと言う事で子供のいない遠い親戚に貰われて行ったと聞かされていました。ところが、その弟が実は、地下の座敷牢に鉄仮面を被せられて鎖で繋がれていた事が分かったんです。
- 恵子 それがどうしたのよ。
- 磯野 私の出生の秘密です。これで勘弁して貰えないでしょうか?
- 恵子 往生際が悪いわね。何も本当に結婚してくれって言ってる訳じゃないでしょう。式と披露宴だけなんとかなればいいのよ。
- 磯野 そんなこと言ったって、式挙げちゃったらもうどうしようも無いじゃないですか。
- 恵子 大丈夫、そこはちゃんと考えてあるわ。
- 磯野 どうするつもりなんですか?
- 恵子 成田離婚よ。
- 磯野 へっ⁈
- 恵子 式は挙げたものの成田で喧嘩して籍入れる前に別れた事にすれば万事丸く収まるわ。私は、1人で新婚旅行行くけど。
- 磯野 悪魔だ。
- 恵子 何とでもおっしゃい。私は、自分のプライド守る為だったら悪魔でも鬼でも大山のぶ代にだってなるわよ。さっ、式の時間よ。ああ、分かってると思うけど、もう逃げようなんて思わない事ね。ゴルゴがあなたの額を狙っているわよ。
- 磯野 誰ですか?ゴルゴって。
- 恵子 決まってるじゃない、ゴルゴって言ったらゴルゴ13でしょう。
- 磯野 雇ったんですか?
- 恵子 言ったでしょう。私は、プライド守る為だったら手段は選ばない女なのよ。
- 蘭子 勅使河原
- 勅使河原 はい、蘭子お嬢様。
- 蘭子 決めました。
- 勅使河原 はっ
- 蘭子 あれにします。銃を用意なさい。
- 勅使河原 はっ
- 蘭子 それから
- 勅使河原 白いバラでございますね。
- 5人 ゲッ、男が違う!
- 真由美 どう言う事、鍋島さんじゃなかったの?
- 久美子 鍋島さんて、鍋島雄二?
- 真由美 違うわよ、鍋島勝三。
- 久美子 えっ、私雄二さんて聞いたわよ。苗字知らないけど。
- 真由美 雄二は、一年前クリスマスに喧嘩して別れた男よ。プレゼントがティファニーじゃなかったとか言って。
- 綾 もったいない。
- 美香 雄二って佐々木雄二?
- 冴子 違うわよ、雄二は小山田雄二。
- 美香 じゃあ、佐々木って誰?
- 綾 誰って誰よ。
- 美香 だから、東大出で恵子の会社の上司だって言う
- 冴子 それは、不倫の相手。
- 4人 あー
- 綾 じゃあ、あれは誰よ。
- 美香 (招待状を取り出し)福田ますお
- 冴子 えっ、福田?水木じゃないの?
- 真由美 水木って?
- 冴子 だから、恵子の結婚相手よ。ゴールデンウィークに婚前旅行だとか言って一緒にハワイに行った。
- 美香 新たな男の出現。
- 冴子 ゲーどうしよう、友人代表挨拶で水木さんて言わないように気を付けなくちゃ
- 久美子 なんで招待状良く見ておかなかったのよ。
- 冴子 だってハワイまで行ったのよ、水木だと思うじゃない。
- 綾 なんで恵子ばっかり次から次へと男が出来んのよ。
- 久美子 ちょっと、綾!引き出物の鯛食べないでよ。
- 美香 でもあれだね、みんながみんな違う男だと思ってたなんてすごいね。
- 真由美 恵子ってさ、昔から訳わかんないとこあったけどまさかここまでとはね。
- 綾 美香の佐々木はいつの話し?(席次表の裏にメモを取り出す)
- 美香 就職してからすぐくらい。
- 綾 久美子の雄二は?
- 久美子 去年かな。
- 冴子 で、クリスマスには別れた。
- 綾 冴子の水木は?
- 冴子 昨年のゴールデンウィークまでは、確実。
- 綾 真由美の鍋島は?
- 真由美 大学の頃。
- 綾 で、仕上げが福田ますおと、図にするとこうなる。
- 冴子 (水木と福田の所を指さして)これは、絶対ダブってたね。
- 全員 うん。
- 久美子 でもずいぶんと急だったと思わない?
- 真由美 出来ちゃったのかな?
- 冴子 (何やら計算して)あり得る。
- 美香 あー誰か福田ますおの謎を解ける人間はいないの?
- 久美子 冴子なんで知らないのよ、同じ会社でしょう?
- 冴子 課が違うから水木止まりだね。
- 綾 福田ますおの謎は、深まるばかりなり、か。
- 女 ますおさん結婚おめでとう、これ私からのプレゼントよ、受け取って。(いきなり、ピストルを取り出す)…何よ、ますおさんじゃないじゃない!
- 女5人 えー男が違う⁈
- 牛田 (眼鏡をかけた風紀委員のような女の子になっている)福田君は、今朝登校中に私のことをブスって言いました。人の肉体的欠陥をつくようなことは言ってはいけないことになっていると思います。福田君は、私に謝って欲しいです。(他の生徒になって)福田、福田、謝れよ、謝れよ福田。(先生になって)福田君、今月のクラス目標を言って下さい。
- 福田 ひとつ、みんな仲良く遊びます。ひとつ、人の悪口は言いません。ひとつ、給食は残しません。
- 牛田 (先生で)福田君はどうだったかな?
- 福田 給食は残してません。
- 牛田 (先生で)あとの2つはどうですか?
- 福田 ・・・守れませんでした。
- 牛田 (先生で)じゃあ、どうするのかな?
- 福田 ・・・すみませんでした(屈辱感いっぱいの福田)
- 牛田 (風紀委員で)聞こえません。
- 福田 (やけになって)すみませんでした。牛田さんは可愛いです、美人です、すんごくきれいですクレオパトラか楊貴妃か、あー花のパリーかロンドンか月に鳴いたかホトトギス。
- 牛田 福田君は、罰としてこれを下げて一週間登下校して欲しいです。
- 福田 と言う訳なんですよ。
- 牛田 これと結婚詐欺師とどういう関係があるんですか?
- 福田 だからこの女のせいで女性不信に陥って
- 牛田 弱いですね
- 福田 はっ?
- 牛田 動機が弱いって言ってるんです。そんな理由で結婚詐欺師になるわけないでしょう。
- 福田 でもこれくらいしか思い浮かばなくて。
- 牛田 そんなはずないでしょ、本当はあるんでしょうすんごいのが。出し惜しみしてんじゃないの、貧乏性だな。
- 福田 これで精一杯ですよ、勘弁してくださいよ刑事さん。
- 牛田 隠すな隠すな、母親が継母でしかもその女が実は妖怪二口女で夜中に頭の口でご飯を食べているところを見てしまった幼児期のトラウマとか。
- 福田 どんな母親ですか。
- 牛田 しゃうがないな、素人は。はい、これ。
- 福田 なんですか?
- 牛田 この通りやれば大丈夫ですから。
- 福田 はあ(パラパラとめくって)あの、
- 牛田 なんですか
- 福田 あの
- 牛田 はい?
- 福田 結婚して下さい。
- 牛田 えっ
- 福田 あなたみたいな綺麗な刑事さん初めてです。
- 牛田 それが、貴様の手口か。結婚の一言で女が何でも許すと思ったら大まちがいなんだよ、私が女だからって甘く見るんじゃねえ!
- 福田 だってこの『取り調べ台本』に書いてある通リに言ったんですよ。これ、あなたが書いたんでしょう。
- 牛田 あっ、つい力入っちゃってすいません。良いでしょうこれ、自供しやすいでしょう?(テレホンショッピングのように)これさえあればあなたも玄人はだし、プロの犯罪者気分を味わえます。
- 福田 ワ-良いですね、でもお高いんでしょう?
- 牛田 とんでもない、今ならこの台本にオリジナルカツ丼と高級取り調べ用電気スタンドがついて、お値段なんと一万円!
- 福田 これは安い!
- 牛田 お電話お待ちしてまーす。
- 福田 東京03~、何やらせんですか!
- 牛田 これね、学のない犯人さんの間で評判良いんですよ。
- 福田 学のない?
- 牛田 ほら、今学歴社会で自供するにもみっともないこと言えないじゃないですか。犯人にも世間体ってものがあるでしょう。刑事もつぶしのきかない東大出が増えてるし。結構みんなうるさくて『太陽にほえろ』みたいに自供させてくれ、とか注文多いんですよ、私も忙しくって。
- 福田 あの、
- 牛田 近頃じゃ取り調べも『天気待ち』なんて言うこともあるんですよ
- 福田 天気待ち?
- 牛田 ほら、ブラインドから差し込む夕陽をバックに自供したいとか、こだわり派がいるんですよ。
- 福田 はあ、
- 牛田 注文あったら言って下さい。
- 福田 はい
- 牛田 何か手柄立てさせてもらっちゃって悪いですね。
- 福田 えっ
- 牛田 カツ丼上にしときましたから。
- 福田 カツ丼上?
- 牛田 せめてもの気持ちです。私の誠意ですから。
- 福田 手柄も何も私無実じゃないですか。
- 牛田 いいんですよ、そんなに気を使ってくれなくても。取り調べあんまりスムーズに行っちゃうと私が女を武器にして吐かせたと勘ぐられて上司にいじめられると思ってるんでしょう?
- 福田 本当に見に覚えがないんです。
- 牛田 あなたは変わったわ。いつからそんな人間になったの。昔のあなたはそんな冷たい人間じゃなかった。ひとでなし!あなたには、世の中のお役に立てない分せめて友達のお役にぐらいたとうという殊勝な心はないの?
- 福田 ちょっと、私達友達じゃないでしょう。
- 牛田 私達、ずっといいお友達でいましょうね。
- 福田 意味が違うでしょう。
- 牛田 福田君てあれ、結構根に持つタイプ?
- 福田 そんなことありませんよ。
- 牛田 いや、持つね。その顔は絶対持つね。
- 福田 そういうふうに人のこと決めつけるのやめて下さい。
- 牛田 いつまでもそういう態度だと内申書に響くよ。性格暗め、やや反抗的、と。
- 福田 真面目にやってくださいよ。
- 牛田 福田君て中学の時ツッパッてた方?
- 福田 ええ、まあ。
- 牛田 あっ、それにしよう。
- 福田 何がですか?
- 牛田 理由ですよ。中学の時グレてた福田君は、あれ、あの、尾崎、尾崎豊。『奴らが』とか『支配者が』とか『この支配からの卒業』とか被害妄想みたいな歌ばっかり歌っててろくな職にもつけず、冷たい世間を恨んで犯罪に走った。あっ、なんかイメージ湧いてきた、今日は良い調書が書けそうだぞー。
- 福田 そういうこと言うとファンの人に刺されますよ。
- 牛田 あっ、今の無し。
- 福田 いい加減にして下さいよ。何を証拠に私が結婚詐欺師だって言うんですか。牛田心配しなくて良いですよ。今、立派な台本書いて差し上げますから。
- 福田 台本なんていりませんよ、ちゃんと取り調べして下さい。
- 牛田 じゃあ聞きますけど今まで結婚式場から逃げたのは何回ですか?
- 福田 ・・・
- 牛田 どうしました、答えられないんですか?
- 福田 35いや6かな。
- 牛田 38回です。
- 福田 そう・・・だったかな、もう少し少なかったんじゃ・・・
- 牛田 (トイレットペーパーを出しながら)『麻美ちゃんごめんなさい、僕は今愛の不在について考えています』『和代ちゃんごめんなさい、僕は今愛の不在について考えています』『エリカちゃんごめんなさい、僕は今愛の不在について考えています』この文章に覚えないですか?
- 福田 えーと
- 牛田 結婚式場から花婿がいなくなった後、必ずこのメッセージが残されているんです。なんなんでしょうね、これ。
- 福田 なんなんでしょうね。
- 牛田 これが、38あるんですよ。てことは、38回も結婚式がポシャってるってことですよね。
- 福田 結婚式ポシャることくらい長い人生の中にはありますよ。大事なのは、そんなことじゃないと思うんです。
- 牛田 普通、38回はないでしょう。しかも、金を騙し取ってるし
- 福田 借りただけですよ。もっとこう大きな視野で物事を見ましょうよ。
- 牛田 返したことあるんですか?
- 福田 ありません。だからね、常識に縛られてちゃだめだと思うんですよ。
- 牛田 これで十分ですね。
- 福田 そんな、もっと良く調べてくださいよ。友達でしょう。
- 牛田 あんたなんか友達じゃないわよ。
- 福田 ひっどーい
- 牛田 気持ち悪いから女泣きするのやめて下さい。
- 福田 理由も聞かずに人を犯罪者にしないで下さい。
- 牛田 じゃあ、なんで結婚式の当日に逃げるんだか納得行くように説明してくださいよ。
- 福田 嫌になったから。
- 牛田 話になりませんね。
- 福田 だって嫌になっちゃうんだからしょうがないでしょう。
- 牛田 しょうがないでしょう、だと、甘ったれるな!貴様なんかに農家の長男の気持ちがわかってたまるか!
- 福田 ほらまた何言い出すんですか。
- 牛田 お前は農家の長男の敵だ!農家の長男に市中引き回しの上張付け獄門にされたって文句は言えないぞ。
- 福田 なんで張付け獄門にされなきゃならないんですか。
- 牛田 結婚したい女性が減ってきている現代に於いて希少価値である結婚したくてしょうがない女性達を次々と騙しやがって、貴様のような男がいるから農家に嫁が来ないんだ。水戸黄門も言ってるだろう、お百姓は国の宝だって、この非国民!
- 福田 そんな、私だけのせいじゃないでしょう。
- 牛田 黙れ、私には嫁の貰えない農家の長男の怨念がお前を逮捕してくれと泣く声が聞こえるんだ。
- 福田 あなたさっき結婚詐欺師の理解者だって言ったじゃないですか。
- 牛田 あんなのは犯人の口割らせるための嘘に決まってるだろ、警察をなめるな。
- 福田 言葉と手口が汚いですね。
- 牛田 現場長くやってるとつい。
- 福田 そんなことだから独身なんですよ。
- 牛田 そうかな?そう思う?
- 福田 当然ですよ。
- 牛田 なんて言うと思ったら大間違いだ。私は結婚したくて出来ないんじゃない、したくなくてしないんだ、良く覚えとけ!
- 福田 ホントに?
- 牛田 あっ、なんなのその目は。あったま来た!逆セクハラしてやる。
- 福田 法の番人がそんな事して良いんですか。
- 牛田 ここでは、私が法律だ。
- 福田 お願いします、助けてくださいよ。
- 牛田 助けて欲しかったら素直に吐け。
- 福田 じゃあお聞きしますけど誰が私を訴えているんですか?
- 牛田 それは・・・いません。
- 福田 いない?いないのに私を逮捕したんですか?そんなの違法じゃないですか。
- 牛田 まあ、堅いこと言わずに。
- 福田 言いますよ。それじゃただのおせっかいじゃないですか。夫婦げんかは犬も食わないっていうでしょう。これは、男と女の問題なんです、単なる痴話喧嘩なんですよ。
- 牛田 それが結婚詐欺師捕まえる難しさなんですよね。こっちがさ、どんなにファイトみせてもただのおせっかいなんて言われちゃうんだもんな、やる気なくすよな。
- 福田 話にならないですね。私これで帰らせてもらいますから。
- 牛田 ちょほいと待ちな!シャバの空気が恋しくってなあ地獄の底から蘇ってきたぜ。
- 福田 何、小林旭みたいなこと言ってんですか。
- 牛田 その格好からして今日も式場からとんずらして来たわね。
- 福田 ギクッ
- 牛田 あっ
- 福田 何ですか
- 牛田 今、すごく良いこと思いついちゃった。今帰ったら一生後悔するわよ。
- 福田 なっ、なんですか。
- 牛田 現場検証
- 福田 私は、今立ち止まったことをモーレツに後海してますよ。
- 牛田 現場検証をして、よりリアルに且ドラマチックに犯罪者の心理を盛り込んだ調書を書きましょう。
- 福田 そんな
- 牛田 安心して下さい、あなたを平成の犯罪史に残る立派な結婚詐欺師にしてあげますから。
- 福田 帰らせていただきます。
- 牛田 待ちなさい、これを見ろ!
- 牛田 この男がどうなっても良いの?(銃を突きつける)
- 福田 この人あなたの部下でしょう。
- 牛田 私は、犯罪者捕まえるためだったら部下の一人くらい惜しくはないのよ。
- 福田 なんて恐ろしい人なんだ。・・・でも私は関係ないですからどうぞ好きなようにして下さい。
- 牛田 それだけじゃないのよ(リカちゃん人形をひもでグルグル巻きにしたものを出す)
- 福田 あっ、リカちゃん。
- 牛田 このリカちゃんの命は保証しないわよ。
- 福田 よくそんな非道な真似が出来ますね。クソーあんな男はどうなっても良いけど、リカちゃんを見殺しには出来ない。
- 牛田 決まったようね。
- 女 ますおさん、結婚おめでとう。これ私からのプレゼントよ、受け取って…何よ、ますおさんじゃないじゃない。
- 恵子 何言ってるのよこの女。ますおさん、何なのこの女。
- 磯野 何なの、と言われても私が知る訳ないじゃありませんか。
- 蘭子 お待ちなさい。
- 勅使河原 シュー カッ!
- 蘭子 🎵もしも願いが叶うなら 吐息を白いバラに変えて 会えない日には部屋中に飾りましょう、あなたを思いながらダーリン アイ ウォンチュウ会いたくてダイヤル回して手を止めた〜
- 恵子 今度はなんなの?
- 蘭子 そこの女、おどきなさい。あの男は私が先に目をつけたのよ。
- 女 あの人ますおさんじゃないわよ。
- 蘭子 あの人がますおであろうとなかろうとそんな小さな事この世界の華山院蘭子にとってはどうでも良くってよ。ノープロブレムだわ。
- 女 バカバカしい、帰るわ。
- 蘭子 ますおとやら、
- 磯野 はっ?
- 蘭子 酷いわ、私と言う女がありながら。
- 磯野 (恵子に)誰ですか?
- 恵子 知らないわよ。
- 蘭子 こんな女とは別れて私と結婚するって言ったじゃないの。
- 恵子 あんたのコレ(小指を立てて)なの?
- 磯野 知りませんよ。
- 蘭子 あの愛の日々は何だったの?
- 恵子 愛の日々って言ってるじゃないの。
- 磯野 そんな日々知りませんよ。
- 蘭子 早く私の元に戻って来て!comeback to me.(一発発泡する)
- 恵子 戻って来てって言ってるわよ、戻りなさいよ。
- 磯野 そんな事言ったってあんな女知りませんよ。
- 恵子 良いから行きなさいよ、撃たれたらどうすんのよ(磯野を突き飛ばす)
- 磯野 わー(蘭子の側に転がる。すかさず勅使河原が押さえる)た、助け、助けて!
- 蘭子 これでますおは、私の物ね。
- 恵子 とっとと連れて出てってよ!
- 蘭子 そこの女
- 恵子 はい
- 蘭子 私に何か言いたい事があるの?(ピストルを突きつける)
- 恵子 いえ、ありません。とんでもございません。
- 蘭子 何かあるでしょう?
- 恵子 めっそうもない、別荘もない。
- 蘭子 (発泡する)それはシャレなの?
- 恵子 いえ、その、違います。
- 蘭子 そう、良かった。もっと他に言う事があるでしょう。
- 恵子 他に、と言いますと?
- 蘭子 分からないの?
- 恵子 はあ
- 蘭子 あなたの愛しい男が他に女作ってたのよ、何か言う事があるでしょう?何て言うのかしら、こう、体の内面から溢れて来る言葉、魂の叫びみたいな物が。
- 恵子 愛しいも何も
- 牛田 カーット、カット、カットー、ダメだわ、全然良くない。
- 福田 はい、10分休憩でーす。
- 牛田 福田、どうよ、この役者(磯野を指指して)
- 福田 ダメっすよ、演出。全然良くないっす。
- 牛田 役者変えるか?
- 福田 そうっすね、そうしましょう演出。
- 牛田 代わりはどうするかな、福田、お前やるか?
- 福田 ええ、自分がやっていいんすか?夢だったんす、嬉しいっす、自衛隊辞めて芝居の道に入って良かったっす、PKO行かなくて本当に良かったっす。
- 恵子 何なのよ、あんた達は、
- 牛田 人生の演出家です。
- 恵子 演出家って?
- 福田 灰皿投げる人のことだよ。
- 全員 あー(納得のうなずき)
- 牛田 俵万智マンホールを行く
- 磯野 何ですか?
- 福田 不条理劇です。
- 牛田 生きよ、堕ちよ。坂口安吾『堕落論』より
- 福田 気にしないで下さい。何かカッコいい事言ってみたいだけなんです。
- 恵子 その演出家さんがなんの用よ。
- 牛田 あなたの人生最大のセレモニーを素敵にかつ華麗に演出するお手伝いをさせていただきたいと思いまして。
- 恵子 結婚式場の人なの?
- 牛田 まあ、そんなもんです。人様の人生の大事な場面での鍵を握ると言う点では同業者と言っても差し支えないでしょう。
- 恵子 ますおさん?
- 福田 あっここは披露宴会場じゃないですか。
- 牛田 今頃気付くな!
- 恵子 どこ行ってたのよ、捜したんだから。
- 福田 ゴメンね、恵子ちゃん。
- 牛田 あの、私の話し聞いてます?
- 蘭子 ちょっと何なのあなた、私に無断で。
- 牛田 あなたちょっと黙ってて下さい。
- 蘭子 私に命令する気?
- 牛田 あなたに用は無いんです。(恵子に)あなたにお聞きしたい事があるんですが。
- 蘭子 ちょっと、私の言ってる事聞いてるの?
- 牛田 だから、あなたは黙ってて下さい。
- 勅使河原 お嬢様を侮辱するとこの勅使河原が許しませんぞ。
- 牛田 あなたも黙ってて下さい。私はこの人に
- 恵子 あなたいったい誰なんですか。
- 福田 恵子ちゃんゴメン、ホントゴメン、この通り。
- 磯野 あの、私もう帰って良いですか?
- 蘭子 だから、私の言ってる事をお聞きなさい。
- 牛田 バカな役者に役作りもへったくれもあるか!
- 全員 はっ?
- 牛田 お前らみたいな鏡見るのが好きでバカな奴等が自分でキャラクター持ち込んで2時間見せるなんて、そんなあざとさはお客さんは見たくないんだよ、役者の生き様とか背負ってる背景が見たいんだ。
- 全員 …
- 牛田 『つかこうへい』です。
- 全員 はあ
- 牛田 あなた(恵子に)福田ますおが結婚詐欺師だって知ってましたか?
- 恵子 えっ?
- 福田 あっ、汚ったねー
- 恵子 やっぱり
- 牛田 それでね、あなたにぜひともお願いしたい事がございまして。
- 恵子 お願い?
- 牛田 はい
- 福田 恵子ちゃん、こんな人の言う事聞かない方がいいよ。この人ちょっとおかしいんだ。
- 牛田 福田さん(リカちゃん人形を出す)
- 福田 卑怯者!
- 牛田 恵子さんでしたね?
- 恵子 はい。
- 牛田 結婚式挙げて頂けませんか。
- 恵子 はっ?
- 牛田 福田さんと結婚式挙げて欲しいんです。
- 恵子 でも私、
- 牛田 あなたの気持ちは良く分かります。でもここは、この牛田めに全て任せて
- 恵子 私、今
- 牛田 私が最高の結婚披露宴にして差し上げますから。
- 福田 そんな、お忙しい牛田さんにそんな面倒な事お願いする訳には、
- 牛田 良いって、良いって、気にするなって
- 恵子 あの、せっかくですけど
- 牛田 はい
- 恵子 私、もうこの人と式挙げちゃったんですよ。だから、このまま行っちゃおうと思ってるんですけど。
- 磯野 そんな、
- 福田 恵子ちゃんもああ言ってる事だし
- 蘭子 ちょっと、いつま待たせておくつもりなの。
- 牛田 すみません、もう少しお待ち頂けますか。あっ会場にお集まりの皆様ももう少しお待ち下さい。もうすぐ始まりますから。
- 蘭子 私は、どちらでも良くってよ。決まったら呼んで頂戴。勅使河原、
- 勅使河原 はい
- 蘭子 VIPルームに案内なさい。
- 勅使河原 はい
- 磯野 じゃあ、私がご案内いたしましょう。
- 恵子 デューク=東郷に気をつけてね。
- 磯野 お部屋に案内するだけですよ。
- 恵子 今更戻って来られても困るんですよね。
- 牛田 じゃあ訴えて頂けますか。この男は結婚詐欺師だと。本当の事言いますと私としてはそうして頂いた方がありがたいんですよ。私ね、本職刑事なんですよ。灰皿投げてるより拳銃撃ってる方が好きなんです。
- 福田 あっ汚ったねー最初からそのつもりだったな。
- 牛田 福田さん、今のは名誉毀損ですよ。
- 福田 そんな、
- 恵子 あの…私、訴えません。
- 牛田 えっ
- 恵子 私、いえ、私達愛しあってましたから。例えますおさんが結婚詐欺師で他の女の人達を騙してたとしても私達だけは、本当に愛し合ってましたから。その愛へのオマージュとして、
- 牛田 じゃあ、披露宴やって下さい。
- 恵子 それは…
- 牛田 愛し合ってたんなら出来るでしょう?
- 恵子 でも…
- 牛田 じゃあこうしましょう。
- 恵子 えっ?
- 牛田 交換条件です。
- 福田 交換条件?
- 牛田 ええ
- 福田 どんな条件ですか?
- 牛田 あなたがもし、今日逃げ出さずに最後まで式を挙げる事が出来たら今までの事は水に流しましょう。ただし、
- 福田 ただし?
- 牛田 今日もまた逃げ出すような事になったらその時は、
- 福田 その時は?
- 牛田 その時は、恵子さんに訴えて頂きます。
- 福田 本当ですか?
- 牛田 と言う訳何で一つよろしくお願いします。
- 恵子 そう言われても
- 牛田 あなた達愛し合ってたんでしょう?
- 恵子 それはそれとして、この人一度は逃げたんですよ。
- 牛田 帰って来たじゃないですか。
- 福田 カムバックサーモン!
- 恵子 信用出来ません。
- 福田 恵子ちゃん。
- 牛田 1人の男のプライドかかってるんです。
- 恵子 私にだって女のプライドがあるんですよ。式だってこんなにめちゃくちゃになっちゃって、これじゃ茶番ですよ。
- 牛田 あのね、お嬢さん、お言葉を返す様ですけど結婚式なんてみんな茶番なんですよ。派手な服着てゴンドラ乗ったりケーキ切ったり、良い年した大人が真面目にあんなことしてるとしたら、正気の沙汰じゃないですよ。これからの長い人生、離婚したいなって思う事が2回や3回や5回や6回や12回や13回ある訳で、そんな時にふと結婚披露宴のこと思い出して『あんな大勢の人の前で取り返しのつかないことしちゃったんだっけな、離婚なんかしたらお天道様に申し訳無いな』って、そう思い留まる為にあんな恥ずかしい事するんじゃないですか。
- 恵子 でも…
- 牛田 せっかく戻って来たんじゃないですか、許してあげたらどうですか?
- 恵子 そう簡単には、
- 牛田 本当は、自信がないんでしょう。
- 恵子 自信?
- 牛田 あなたは本当は人を愛してなんかいない。人を愛している筈の自分が愛しいだけなんですよ。
- 福田 それは言い過ぎじゃないですか。
- 恵子 そんなことありません、私本当に
- 牛田 それは、血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ。
- 福田 なんですか、それ。
- 牛田 諸星ダンの名ゼリフです。何だかよく分からないけど胸を打つでしょう?
- 恵子 真面目に話す気あるんですか?
- 牛田 愛は地球を救うと思いますか?
- 恵子 えっ?…はい。
- 牛田 福田さんは?
- 福田 はい、思います。
- 牛田 私は、愛だけじゃ地球は救えないと思います。だから募金するんです。
- 福田 愛があるから募金するんじゃないですか。
- 牛田 募金が欲しいから愛を口実に使うんですよ。
- 恵子 そんな
- 牛田 じゃあ人は何故結婚すると思いますか?
- 恵子 人を愛するから。
- 牛田 子孫繁栄のためですよ。
- 恵子 そんな、戦争中の日本人みたいなこと言わないで下さい。
- 牛田 じゃあ、子孫は何の為に必要だと思いますか?
- 恵子 人類の未来を背負う為に
- 牛田 そんな御大層な大義名分背負って子供が生まれて来ると思いますか?子孫はね、見送りの為に必要なんですよ。
- 福田 見送り?
- 牛田 自然の法則から言えば、年老いた者から死んで行く訳ですよ。ほっとけばおじいちゃんもおばあちゃんも父親も母親もみんな自分が死ぬ前に死んでしまう。兄弟なんて他に家族を作る可能性がある人は宛にならない
- 福田 人が死ぬのは仕方がない事じゃないですか。
- 牛田 うまい具合にね、他の家族よりも先に自分が死ねればいいですけどね、そううまく行くとは限らないでしょう。自分が1人残される事考えてご覧なさい。嫌でしょう?そしたらどうすると思います?
- 2人 どうするんですか?
- 牛田 自分で作るんですよ、見送ってくれる人を
- 福田 そんなの変ですよ
- 牛田 何が変なんですか
- 福田 何か違います
- 牛田 違いませんよ、結局はそう言う事なんです。
- 福田 愛はどこにあるんですか?
- 牛田 それは口実なんですよ。人間は例え中身が入っていなくても綺麗な箱が好きなんです。
- 福田 そんなはずないですよ、それじゃ私は何の為に
- 牛田 えっ
- 恵子 私、あなたの言っている事半分は合っているけど半分は違っていると思います。
- 牛田 そうですか、でもあなたは1人で死んで行く事が出来ますが?誰の見送りも受けずに。
- 恵子 あの、刑事さん
- 牛田 はい
- 恵子 もし、この披露宴を無事に終える事が出来たら、ますおさんを見逃して貰えるんですか?
- 牛田 もちろんです、誰も訴えていないんですから。その代わりダメだったら
- 恵子 その時は?
- 牛田 約束通り
- 恵子 分かりました。
- 牛田 音楽!
- 牛田 本日はお日柄も良く、福田家竹下家のお忙しい中、かつまた生活の苦しい中ようこそおいで下さいました。途中お見苦しい点もございましょうが、そこは若い2人の輝ける前途を思って見て見ぬ振りをして頂き、着々と宴を進めて参りたいと存じます。 なお、本日の司会進行は新郎の友人であり本庁きっての敏腕刑事である私、牛田が務めさせて頂きます。さて、新郎の福田君は中学をツッパってつってツッパってツッパっり抜いてロクな教育も受けず、優秀な成績でご卒業され、病院に送った先生は13人に上ると伺っております。 割られたガラスは86枚、シメた後輩は95人と言う誠に立派なお人柄の好青年です。さて、新婦の恵子さんですが、手元の資料によりますと才色兼備の誉れも高く、年下、年上、同級生、不倫に愛人と一通りはこなされ、付き合った男の数は25人は下らないとのことです。本当にお似合いのお二人ですね。このような素晴らしいカップルの誕生に立ち会えることを私、心よりお喜び申し上げる次第でございます。式に先立ちまして、まずは新婦のご友人の歌で場を和ませて頂きましょう。
- 牛田 さて、場がなごんだところで、新郎新婦ケーキ入刀です。お2人初めての共同作業です。
- 福田 どうも変だと思っていました。いつもと勝手が違うのです。どこと言う事は分からぬけれども、ヘンテコで、けれども僕の心はものにこだわることに慣れませんので、その時も格別深く心にとめませんでした。
- 蘭子 ますおさん、結婚おめでとう。これ、私からのお祝いよ、受け取って(何発か発泡する)
- 牛田 恵子さん、何やってんの
- 恵子 はっ⁈
- 牛田 反撃!
- 恵子 ちょっと、何なのよあんた
- 牛田 福田、女の名前を呼ぶ
- 福田 誰でしたっけ?
- 蘭子 世界の華山院蘭子よ。
- 福田 蘭子!
- 蘭子 様をおつけなさい。
- 福田 様!
- 蘭子 蘭子様でしょう。
- 恵子 どう言う事なのますおさん。
- 福田 違うんだ恵子
- 恵子 何が違うのよ
- 蘭子 ますお、こんな女とは別れて私と結婚するって言ったじゃないの。
- 恵子 そんなはずないわ、私とますおさんはワイキキの浜辺でカメハメ大王に永遠の愛を誓ったのよ。
- 蘭子 ますおは、私の事を愛してるって言ったのよ。あなたなんて鬱陶しいだけだって言ってたわ。
- 恵子 何ですって、この泥棒猫!
- 牛田 よし、良いぞ。
- 恵子、蘭子 あなたは黙ってて!
- 蘭子 ますおは、私を心から愛してるって言ったのよ。
- 福田 何だか似ているようだな。似たことがいつかあった。それは… ああ、そうだ、あれだ。桜の森の満開の下です。あの下を通る時に似ていました。どこが、何が、どんなふうに似ているのだかわかりません。けれども、何か、似ていることは、確かでした。
- 磯野 恵子ー!
- 恵子 勝男さん
- 福田 何なんだこの男は、
- 磯野 恵子、一緒に逃げてくれ。
- 恵子 だめよ、私、ますおさんを愛しているの。
- 磯野 この男には、他に女がいるんだよ、君が不幸になるのを黙って見ている訳にはいかないんだ。
- 恵子 良いのそれでも、私ますおさんについて行きます。
- 福田 ついて来る?
- 恵子 ええ
- 福田 それはダメだ。
- 恵子 えっ?
- 福田 約束があるからね
- 恵子 約束した誰がいるの?
- 福田 それはいないけれども、
- 恵子 誰もいなくて、誰と約束するの。
- 福田 桜の花が咲くのだよ。
- 恵子 桜の花と約束したの。
- 福田 桜の花が咲くから、それを見てから出かけなければならないんだよ。
- 恵子 どういうわけで。
- 福田 桜の森の下へ行ってみなければならないからだよ。
- 恵子 だからなぜいってみなければならないの。
- 福田 花が咲くからだよ。
- 恵子 花が咲くからなぜなの。
- 福田 花の下は冷たい風が張りつめてるからだよ。
- 恵子 花の下に?
- 福田 花の下は涯が無いからだよ。
- 恵子 花の下が?
- 福田 …
- 恵子 私も花の下に連れて行って。
- 福田 それはだめだ…1人でなくちゃだめなんだ。
- 恵子 えっ?
- 福田 恵子ちゃんごめんなさい。僕は今愛の不在について考えています。愛は永遠ですか、愛は不滅ですか、愛は不可能を可能にしますか。…確かに愛していたと思ったものが、そうではなかったと気付いた時人はどうしたら良いのでしょうか。それでも愛している振りを続けますか、それとも別離の道を選びますか。それより踏み込む前に逃げ出しますか。逃げ出す人をあざ笑う程そんなに…そんなに愛するって事は、そんなにも偉大ですか?僕の愛は消えました。いえ、最初からなかったのかもしれません…僕は今愛の不在について考えています。
- 福田 ワァー
- 恵子 ますおさん
- 牛田 福田さんどうしたんですか、もう少しですよ。
- 福田 お願いです、もうやめて下さい。
- 牛田 えっ
- 福田 あっ、逮捕して下さい。結婚するくらいだったら逮捕された方がましです。
- 牛田 本当に良いんですか?
- 福田 だから、お願いだからもうやめて下さい。
- 牛田 恵子さんがここで頷いたら、私本当に逮捕しますよ。それでも良いんですか?
- 福田 構いません
- 牛田 恵子さん
- 恵子 私、出来ません。
- 福田 そんな事言わずに。私の事恨んでるでしょう?私の事恨んでる筈です。
- 恵子 そんな、私達は本当に愛し合ってたじゃないの。他の女は知らないけど私達は、私達だけは本当に愛し合ってたでしょう。
- 福田 じゃあ、あなた訴えて下さい(磯野に)突然身代わりにされて迷惑したでしょう?迷惑しましたよね?私、迷惑かけたと思うんです。償いたいんです、あなたにお詫びしたいんです。
- 磯野 警察に訴える程の迷惑じゃないですから。
- 福田 (蘭子に)じゃあ、あなたでも良いです。訴えて下さい、お願いします。結婚なんてしなくたって生きて行けるじゃないですか。そんなにこだわることじゃないでしょう?
- 牛田 あなたこそ、何をそんなにこだわっているんですか。
- 福田 怖いんです。
- 牛田 怖い?
- 福田 私は、この女を本当に愛しているのか自信がないんです。一生上手くやって行けるのか分からないんです。
- 牛田 そんなもの誰だってありませんよ。
- 福田 ドロドロしたりギスギスしたりするの嫌なんです。綺麗な恋愛のまま一生終わりたいんです。
- 牛田 恋愛だけをして一生を終わるんですか?
- 福田 綺麗な物だけを見たいんです。
- 牛田 自分だけは綺麗な物を見て、その陰で苦しむ人の姿は見ない振りをするんですか?
- 福田 傷つきたくないんです。
- 牛田 だから逃げ出すんですか?
- 福田 だから逃げ出すんです。
- 牛田 そんな、
- 福田 …
- 牛田 そんな弱い人間は1人で生きるのは無理ですよ。
- 福田 あなたは、私を逮捕するのが目的だったんじゃないですか。
- 牛田 あなたは1人で死ねますか?
- 福田 えっ⁈
- 牛田 桜の森の満開の下、今年こそはと思うんだ。
- 恵子 ますおさん、もう少しじゃない。
- 磯野 大丈夫きっとうまく行きますよ。さあ、続けましょう(紙ふぶきを撒く)おめでとう、福田君、おめでとう恵子さん。
- 牛田 花の下の冷たさは、涯のない四方からドッと押し寄せて来ました。彼の体はたちまちその風吹きさらされて透明になり、四方の風はゴウゴウと吹き通り、すでに風だけが張りつめているのでした。彼の声のみが叫びました。彼は走りました。何という虚空でしょう。彼は泣き、祈り、もがき、ただ逃げ去ろうとしていました。
- 福田 ワー(走り出す)
- 磯野 行っちゃいましたよ、良いんですか?
- 恵子 ・・・ええ
- 蘭子 今日は楽しめました。勅使河原、
- 勅使河原 はい
- 蘭子 帰ります。
- 恵子 ・・・さっ、続けましょうか。
- 磯野 何をですか?
- 恵子 決まってるでしょう、結婚式よ。
- 磯野 だって花婿が、
- 恵子 いるでしょ、ここに。
- 磯野 そんな、私は、
- 恵子 言ったでしょう、ゴルゴが狙っていること忘れないで。
- 牛田 そして、花の下を抜け出したことがわかった時、夢の中から我に返った同じ気持ちを見いだしました。夢と違っていることは、本当に息も絶え絶えになっている身の苦しさでありました。また出来ませんでしたね結婚。
- 福田 はい、すみません。逮捕して下さい。
- 牛田 いや、誰も訴えやしないでしょう。
- 福田 桜の森の満開の下。
- 牛田 桜の森の満開の下?
- 福田 今年こそはと思うんだ。
- 牛田 今年こそは?
- 福田 今年こそは、ひとつ結婚してやろうって、けれども
- 牛田 けれども?
- 福田 けれども、花嫁の横に立つと、いつもいつも
- 牛田 いつもいつも?
- 福田 桜の森の満開の下に座っているような気持ちになる。
- 牛田 それは、美しいのかい?
- 福田 美しいよ、けれども
- 牛田 けれども?
- 福田 恐ろしい。
- 牛田 既視感
- 福田 近親相姦?
- 牛田 デジャヴュ のことですよ。
- 福田 デジャヴュ?
- 牛田 私達どこかで会っていますね。
- 福田 たぶん、
- 牛田 それはたぶん、桜の森の満開の下。
- 福田 桜の森の満開の下であれを見た日、こうして私は恐ろしい鬼を殺したつもりでいました、けれども、気がついてみれば、それはさっきと変わらぬ女でした、皮肉なことに、私は初めて桜の森の満開の下に、じっとしていることが出来たのでした。
- 福田 無限の虚空がみちていました。
- 福田 女の顔に降り積もった花びらを取ってやろうと手を伸ばした時、女は、ただ幾つかの花びらになっていました。
- 福田 あれは・・・夢。
- 牛田 夢?
- 福田 鮮明過ぎる夢。
- 牛田 はるか昔に見た夢の続きを、今二人で見ているのだとしたら、
- 福田 だとしたら、
- 牛田 もう一度やってみましょうか。
- 福田 何をですか?
- 牛田 結婚式。
- 福田 私、また逃げるかも知れませんよ。
- 牛田 その時はその時です。
- 福田 あなただったらひょっとしたら・・・桜の森の満開の下に連れて行ってもらえませんか。今度こそ、そこにじっとしていることが出来るような気がするんです。
- 牛田 ひとつ
- 福田 はい?
- 牛田 聞いてもいいですか?
- 福田 なんですか?
- 牛田 桜の森の満開の下でいったい何を見たんですか?
- 福田 たぶんそれは、
- 牛田 それは?
- 福田 孤独・・・
- 牛田 行きましょう、桜の森の満開の下に。
- 福田 私自身が『孤独』になる前に。
- 福田 桜の森の満開の下
- 牛田 桜の森の満開の下
- 福田 今年こそはと思うんだ。
- 牛田 今年こそはと思うんだ。
- 福田 今年こそは
- 牛田 今年こそは
- 福田 今度こそは
- 牛田 今度こそは
いつのまにか牛田(女)が現れる。牛の着ぐるみを着ている。
八が出て来て福田の膝に石を載せて去る。
山田君(八)石を持って来て福田の膝に載せる。
山田、石を載せて去る。
音楽高まり暗転。
一幕五場
薄暗がりの中走って来た磯野、何かにつまずく。途端に鳴子が激しく鳴る。『御用、御用』の声。『銭形平次』のテーマにノッて恵子登場
高らかなウエディングマーチ、引きずられ行く磯野勝男。 華山院蘭子と勅使河原登場。
2人、去る。
一幕六番
高らかなウエディングマーチ、5人の女がでて来て座る。にこやかに話しなどをしている。全員一斉に前を向きにこやかに拍手をするが、一斉に止まって、
しばし、沈黙。
前に向かって拍手をする。グラスを持ち乾杯を してから、
しばし、沈黙。
前に向かって拍手。
立派な『恵子の男関係図』が出来上がる。 一同、感心の頷き。
突然、女が入って来る。
暗転
二幕一場
舞台には、牛田と男(福田)がいる。
勝ち誇った牛田は図に乗って更に要求アップを図る。
大きな紙に『牛田さんは美人です』と書かれた紙を福田の首にぶら下げる。
福田、屈辱のあまり走り出す。すぐ戻ってくる。
台本のような物を渡す。
しばらくの間
牛田、じわじわと福田を痛めつけながら
牛田、ノートに書き出す。
福田しゃがみこんで泣くふり。
ロープで縛られた座布団運びの男が出てくる。
暗転
二幕二場
披露宴会場
ピストルを持った女と恵子、磯野の3人がいる。
どこからともなく蘭子の声。
赤い絨毯が敷かれる。
勅使河原が、薔薇の花を自分で効果音を出しつつ恵子の足元に突き刺す。
蘭子、トレンチコートにサングラス、ピストルを持って現れる。
バックで真面目に踊る勅使河原。
突然、牛田と福田が入って来る。
>牛田、おもむろに威嚇射撃。静まり返る場。
磯野、蘭子、勅使河原出て行く。
暗転
牛田と福田を残した全員がソデへ。
牛田の合図と共に音楽。『ウエディングマーチ』磯野に付き添われた恵子入って来る。
福田と並び、立ち止まり笑顔を作ってから座る。
牛田が話し始める頃に曲は岡村孝子(夢を諦めないで)に変わる。
新婦の友人の2人がこまどり姉妹となって現れて歌を熱唱。
2人、ナイフを振り下ろす正にその瞬間、福田だけにライト。
ライトつく。
蘭子、乱入。
再び、福田だけにライト。
ライトつく。
磯野、入って来る。ステンドグラスを叩く振り。『卒業』の音楽。
福田と恵子のみライト
ライトつく。
ますお、ハッとする。
牛田と福田のみにライト。
暗転
二幕三場
ライトがつくと牛田もいない。
蘭子と勅使河原去る。
音楽入る。
うなだれた磯野を恵子が引きずるようにして退場。
桜がハラハラ舞い始める。
走ってきた福田が立ち止まる。
牛田が来る。
福田、牛田の首を絞める。
福田、手を離す。
周りを見渡す。
牛田、立ち上がる。
音楽入る。
牛田、手錠を出して自分の手と福田の手を繋ぐ。
音楽高まる中、別々の方向にあるき出す二人、ギリギリのところで振り向き、
今年こそは、今度こそは、繰り返しつつ、音楽高まりFO
照明FO
<幕>